水頭症について

水頭症について

水頭症とは様々な理由で脳室(脳の中の空間、部屋のことでCTだと左右対称に黒く抜けて見えます)や、脳の皺などの隙間に異常に多量の髄液(脳の周囲を循環し保護している透明な液)が貯留し、それらのスペースが拡大した状態のこととされています。本来、髄液は脳室内で産生され、脳の表面のくも膜顆粒から吸収されます。ですから、この通り道が腫瘍などによって細くなったり、吸収の場であるくも膜顆粒が炎症や出血によって障害を受けると、髄液が余ってしまい脳室が膨らんだりして、脳を圧迫したりするのです。

原因は様々あり、有名なのはくも膜下出血後の正常圧水頭症です。この場合、CT上明らかに脳室が大きくなってきて、しかも痴呆様症状、歩行障害、失禁などの症状が出てきた場合にはその余った髄液をどこか(腹腔の腸の隙間や心臓へ行く太い静脈の中など)に流してやってバランスを取ってあげればよいわけで、この手術(シャント術と言います)により症状は良好に改善することが多いです。最近は老人の認知症の中にこの水頭症(原因が定かではないので特発性と呼ばれていますが)が紛れ込んでいて、手術によって改善する痴呆(認知症)として脚光を浴びてますね。シャント術の合併症としては、感染症で熱や膿が出ることや髄液が流れすぎたり流れにくかったりということがあり、何度も入れ替えることもまれのあります。

さてこの水頭症は脳外科を目指していた僕にとって思い出深いというか重要な病気だったのです。研修医の頃、受け持った患者様にゆきお君(仮名)という小児病棟に入院している子がいました。彼は出生時の酸素不足とその後の脳炎によってひどい水頭症になっており脳の実質よりも脳室の方が大きい状態でした。そこで彼にはシャント術という脳室の髄液を腹腔へ逃がす手術をしたのですが、詰まってしまったり、感染を起こしたりでなかなか改善の見込みがありませんでした。彼の真っ白でつるつるの手足は血管が見つけにくくて、なかなか点滴が入らず、僕等は汗だくだったのですが、ゆきお君は泣きもせず、じっと天井を見上げて「あふあふあふ」とため息をついていたのをよく覚えています。ある時、同室の患者様(小児)のお母さん達が廊下で立ち話をしているのが聞こえました。「ゆきお君みたいになったら大変よね、何もわからないし意味があるのかしらね~」 でもそれを聞いた時、僕は思ったのです(色々な考えがあるでしょうか)、確かに一般的に考えたら寝たままで天井しか見ていない人生は意味がないように思えますが、あの彼の澄んだきれいな瞳は僕等には見えないもっと大切な物を見ているんじゃないか、汚れのない別次元にいる天使や仏様のような思考をしているのじゃないかと。僕の受け持ちが終わり数年後に彼が亡くなったことを聞いた時、ああやっと彼は本来の場所に帰ったんだな~と感じました。

そしてもうひとり、くも膜下出血後の正常圧水頭症の患者様でOPEの前日までいくら「おはよう!」と声をかけても表情一つ変わらず、返事もしなかった女性が、先ほどのシャント術を行った翌日、いつものとおり、あまり期待もせず「おはよう」という僕の言葉になんと!はっきりと「おはようございます」と返事をしてくれたのです。この時、僕は人間の脳がいかに大切かということと、脳神経外科のすばらしさを痛感し、この道を歩むことになったのでした。