病院長の訪問診療日誌 〜その5 在宅医療での落とし穴〜

今回は、在宅医療でのひとつの
落とし穴についてお話しします。

患者さんは一人暮らしの男性で、
間質性肺炎と慢性閉塞性肺疾患を患って
長年にわたり、基幹病院に
通院していた方です。

そのうち、通院のための外出が困難に
なってきたため、訪問診療を勧められ、
訪問看護ステーションの紹介で
当院に連絡が入りました。

私が依頼されて自宅へ伺うと、
もうすでに在宅酸素療法
(お家で酸素を吸える機械)を導入
なさっている状態で、
鼻には酸素供給用のカニューレという
細い管を付けていて、安静にして
いれば呼吸困難もなく穏やかに
ベッドとトイレを
行き来できていました。

日中、時々友人(男性)が来ては
必要なものを近くのスーパーで
買ってきてくれていましたので、
特に外出の必要はなく、自宅内だけで
ある意味気ままに過ごされていました。

ただ困った事に、危険ですよと何度
説明しても、酸素を吸いながらも
タバコを吸ってしまうのです。

これは本当に危険で、ご存知の通り
酸素はものが燃えるのを助長
しますので、タバコの火が突如
燃えあがってしまい火災につながる
リスクとなるのです。

さて、この肺の病気は、徐々にでは
あるけれども、確実に病状が悪化して
いき活動範囲が狭くなること、
そして酸素を欲する
(息苦しくなる)の量が
増えていきます。

しかし酸素の投与量が多すぎると、
逆に二酸化炭素が溜まりやすくなり、
ナルコーシスといって、
意識が朦朧となったりしていきます。

この患者さんも、夜になる前や夜間、
休日など不安になってくると
息が苦しいと感じるようになり、
その都度、訪問看護を呼ぶように
なっていきました。

とは言え、訪問しても我々医療者の
やれることはほとんどなく、仮に
入院しても同様で、酸素もむやみに
増やすわけにもいかず、結局は
優しくなだめて安心させてあげる
事しかできないのが現状です。

そこで、本来痛み止めとして使う
医療用麻薬を少量から始め、呼吸苦の
際には安定剤を飲んでいただくように
していきました。

この処方がかなり有効で、それからは
不安になって、慌てて訪問看護師を
呼んだり、「入院したい」という
発言は減っていきました。

また、この頃から本人とは急変の時の
無理な延命はしないことや、苦しく
なければこのお家で最期を迎える事を
希望する事など、色々と話し合うこと
が出来るようになっていきました。

ところが、ある朝、訪問看護からの
電話が鳴りました。

どうやら、定期訪問で訪ねた介護
の方が、部屋の中でぐったりしている
患者を発見し、訪問看護に連絡した
ため、急ぎ訪問したとの事です。

どうやら呼吸もしていないようで、
私が訪問して確認後死亡診断をしよう
と思ったのですが、看護師は気が
動転したのか、すでに救急車を
呼んでしまっていました。

仕方がないので、看護師には救急隊へ
在宅医療で訪問診療を受けている
患者であることを伝えて、当院へ
搬送してもらうように伝えました。

しかし、心肺停止の患者で本人の
意思確認がその場で出来ない場合は
(たとえ書面で残していたとしても)
心肺蘇生をしつつ、対応可能な
救急病院に搬送しなくてはならないとの
ルール(法律)があり、どんなに
看護師が説明しても、聞き入れて
もらえず救命センターに運ばれて
しまいました。

結局、救命センター到着後、
心肺蘇生を試みるも蘇生する事なく
死亡確認となったことを、
後で警察からの連絡で知ることになりました。

結局、こういった場合は、不審死
扱いとされ、警察が介入し、
現場にいた看護師や家族からの
事情聴取がなされ、解剖まで行われる
場合があります。

今までの病状を知っている我々
訪問診療医が往診し在宅で
死亡確認したり、もしくは当院に
搬送後(救急車ではなく)、そこで
死亡確認すれば、こういった
手続きは不要になるのです。

ですから、訪問診療を受けている
方たちは、状態の変化があって
気が動転しても、まずは訪問看護師に
連絡し、そして訪問看護師は状況を
医師に伝え指示を仰いでください。

そうでないと、救急車を呼ぶという
事は、何らかの形で延命処置を
受けざるを得なくなることを認識して
ほしいと思うケースでした。

 

関東病院  病院長 訪問診療医   梅川 淳一

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